会社案内/アクティブライフの歩み

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アクティブライフ設立に向けた「健康づくりと栄養改善運動」の流れ (株)アクティブライフは、マザマロー開発者である蓬田康弘の「健康づくりにむけた栄養改善運動」の意思を受け継いで設立された会社です。その設立までには、様々な形での「栄養改善運動」への取り組みがなされてきました。

2)(財)オルトビオス研究会としての活動 ※「オルトビオス」とは、中庸のとれた調和ある生活法を指す言葉です。 健康増進活動をより一般的なものとするために(財団法人)として、活動を広げてきました。

1965(昭和40)年8月15日 戦後20年目の「平和記念日」にあたって、オルトビオス研究会発起人会「設立趣意書」発表(資料:2)。
1965年10月20日 川崎市高津公民館において、オルトビオス研究会創立総会開く。学習方針・規約を採択、役員を選任。蓬田康弘講師が会長に就任。事務所を高津公民館内に設置。
1965年11月 月刊誌『オルトビオス』発刊、1986年2月『ウエルネス・ム−ブメント』と改題。
1966年2月 川崎市中原公民館において第2回総会。会員の急増により規約を1部改正。
1966年7月 川崎市横浜銀行新城支店において第3回総会。支部的性格を持つ単位研究会の増加により規約を1部改正、役員を補充選任。
1966年10月 蓬田康弘著『老人大学(図書館協会選定図書)』東洋館出版社より発刊される。
1967年1月 川崎市小杉会館において第4回総会。「誓い・健康10則・食品選択10則」を採択(資料:3)。事務所をオルトビオス学院・小杉会館クッキングスク−ル内に移転。
1969年2月 東京・聖蹟桜ヶ丘の国民宿舎において第5回総会。新しい学習方針を採択。事務所を小田原女子短期大学内に移転。
1969年6月 食事療法を主とする(財)河野臨牀医学研究所付属北品川総合病院第3内科開設され、日野厚教授、同第3内科部長・特殊栄養部長に就任。わが国初めての総合病院における「食養研究」緒につく。
1970(昭和45)年4月 神奈川県秦野市に秦野クッキングスク−ルを開校。1971年7月:財団法人オルトビオス研究会(以下、OB財団と略称)の設立許可を受け、蓬田康弘会長が理事長に就任。
1971年10月 神奈川県相模原市神奈川会館において第6回総会。研究会名称をオルトビオス運動推進協議会と改称し、事務所を財団本部に移転。
同月:栄研・日野厚教授の主宰により大学・研究機関・医師・薬剤師・栄養士などを対象とする第1回生態学的栄養学懇談会開催。
1972年4月 常設の研修機関「オルトビオス健康文化学院」を開設。
1972年5月 東京・新宿ステ−ションビル・レインボ−ホ−ルにおいて健康文化学院第1回合同終了式開く。
1972年7月 蓬田康弘著『百歳長寿法』東洋館出版社より発刊される。
1972年9月 第2回生態学的栄養学懇談会開催。
1973年12月 第3回生態学的栄養学懇談会開催。
1974年12月 第4回生態学的栄養学懇談会開催。
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